思い出しました・・・・

今から30年くらい前の話です。



先日、Wさんの奥様との会話の中に出てきたカルマンギアの事です。

昔話です・・・・
記憶はおぼろげなので、その点を割り引いてお読みください。
そして少し長いことをお詫び致します。

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電話が鳴りました・・・・・

Wさんです。声が弾んでいるようですが・・・・
「あー、bさん?オレ、買っちゃったよ」
最初、何の事かと思いました。
「カルマンだよ、カルマン・ギヤ(正しくはギアです)」
「え?Wさん、買っちゃったの?」

実は一週間程前に聞かれたのです、Wさんに。
あのクルマに詳しいWさんに(笑)
「bさん、空冷のクルマってヒーターの効ぎはどうだい?」
当時、わたしはホンダ1300クーペという空冷エンジンのクルマを所有していまして、
Wさんに「これはいいネェ、冬に不凍液に入れ替える必要ねーもんね!」
Wさん流のクルマへの誉め方です。
当時、ラジエター液は不凍液が一般的で現在の様に通年使えるクーラントは
もっと後になってから出てきます。
「効きはあんまり良ぐねぇね、家から20分くらい走るとポヤポヤと
温(ぬる)い風が入って来んですよ、んでも一旦温かくなっと熱いくらいっスよ」
「ふ~ん・・・・」
何でこんな質問するのかと思いましたが、この時既に意にお持ちでしたんですね。

それから2~3日後に再び電話が・・・・
「あーbさん?オレ。今、クルマもらって来たがら、良がったら見に来っけ?裏の廃車置場にあっから」
30分後にWさんの工場へ、裏手にあると言っていたけど何で?・・・
すこし離れた工場裏手の廃車置場へまわる。
と、そこにはアイボリーホワイトのVWカルマン・ギアクーペが佇んでいました。

Wさんのいる反対側の工場へ行く。
スプリンターSLのエンジンルームへ上体を覗き込むようにしていたWさんが私に気付く。
「お、じゃあ、手を洗ってくっから」
再び裏手に移動する。

あらためて白いカルマンギアを見る。
低く伸びやかな2ドアクーペ、
ニコニコと少しはにかんだようなWさん・・・・
「あっちこっち錆てっとごや、手ぇ入れなきゃなんねどご、有っけど・・・
 いいべ?」
「これ何年?」
「1963の15年落ぢ、まぁだ20000も走ってねえんだ」
カーブドガラスではないサイドウィンドゥから室内を覗き込む。
細いステアリングはクリーム色、ホーンリングも付いている。
「座ってみ」
Wさんに促がされて軽く薄いドアを開ける。


当時は、インターネットなど無くて「カルマンギア」といったらVWのクーペ版くらいの
認識しかありませんでした。
「カルマン・ギア」という名前もカロッツェリアから来ていることも後から知りました。
WさんがVWディーラーさんに、あしげ無く通っていたのはこのクルマがあったからなのです。

Wさんが手に入れたカルマンギアは1963年式。
左ハンドル、1200ccのエンジンを始めとする主な機構はビートルを踏襲しています。
フラット4エンジンは34馬力、悲観的な数値ですが車重は800kg、ビートルよりは
若干重いですが軽快かつ乾いたサウンドをあげて気持ち良く走ります。

やや大柄で表皮がビニールレザーのシートに腰を下ろす・・・・
クーペとはいえドイツ流のキチンとした姿勢を要求する。
ヘッドクリアランスは小柄な私には十分だが、長身のWさんは少し髪が触るときがあるかも知れない。後席は子供用。
実はWさんには年老いたお母様が居ます。
奥様との三人暮らしです。
そんなわたしの心配を察知したのか、Wさん・・・
「オフクロぐらいだったら後ろに乗れっぺ」
「そーだね、んでも転げないよーにしねえど(笑)」
Wさんのお母様はクルマに乗るときはシートに正座するのです。
シートベルト装着の義務のない時代です。
「エンジン、かけてみ」
キーホールに差された・・・
古いVWに乗った方なら御存知のVWとデザインされた細いキーを回す。
ビートルと同じような、くぐもったセル音の後に乾いた排気音を伴い空冷フラット4が
目覚める。
やや重めのスロットルペダルを煽るとバサバサッというビートルサウンドが後方から聞こえる。
「ちょっと流してくっけ?」

・・・・
記憶は、ここまでしか思い出せませんでした。
確かにカルマンを借りて近くを一周したのは事実ですが、あまり印象に残らなかったのでしょうか?
いや、逆です。
普段乗っていたホンダ1300クーペとは全く異質の乗り心地、走り心地だったはずです。
軽量、低馬力でこんなに気持ちよく走るんだ!・・・・と思えた筈です。
軽いヒラヒラとした乗り心地、低い回転域から気持ちよい加速感・・・
しかし、それは大好きなホンダクーペを否定すること。
チカラで高回転でゴリゴリ押し付けるような、道路を引掻くような加速感のホンダ。
ショックだったのでしょう。
そんな複雑な気持ちを自分自身で整理できなくてカルマンの印象を封印したのでしょう。

カルマンギアは、その後長―くWさんのもとにありました。
件のショックのせいもあり(笑)、カルマンの運転席に座ったのは、その一度きりでした。
もっともWさん自身がカルマンで工場にやってくるのは休日にカルマンの手入れを
する時だけだったのです。
一度、その事について訊ねたことがありました。
「いぐら、中古とはいえ外車だよ外車。町工場の整備屋がお客さんよりいいクルマに
乗ってだら気分悪ぐするヒトもいっぺ。
んだがら普段はハイゼット(軽トラ)に乗ってんのよ」
そういう気遣いのするWさんでした。
廃車置場に置いてあったのもそういう理由だったのです。
思い出の中からもヒトを良い気分にさせるWさん・・・・

体調を崩されてからはカルマンを運転することも儘ならず、手離したそうです。
「本当に寂しそうでしたよ・・・」とは、先日の奥様のお話でした。

帰り道、そんな事を思い出しながら帰ってきました・・・・・

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by boxycat | 2010-01-17 20:57 | プジョー以外のクルマ