Wさんのコト・・・・

昔話です・・・・



先日(秋彼岸)・・・・

Wさんの墓参りをしていて思い出したことがありました。
Wさんの趣味といえば「お酒」
ほんとうに、お酒が好きでした。
何度か酒席に御一緒させて頂きましたが、きれいなお酒の飲み方をされていました。
酔っても乱れず、ただ静かに杯を重ねる姿は今でも憧れです。
でも後年体調を崩されたのも「お酒への依存が増え、知らず知らずの内に酒量も増えていった」
とは奥様の言葉でした。

その奥様も七月に体をこわして入院されました。
先達て、県央部のディーラーさんの帰りに見舞った時は、手術も無事済んだということで安堵しました。
Wさんが亡くなってから、奥様は故郷に戻られたのです。
Wさんの御実家でWさんが亡くなってからも暫く一人暮らしをしていましたが、
お体も弱ってきて、弟さんが住まわれている県央部の奥様自身の御実家に身を寄せたのです。

見舞ったときにもWさんの事が話題になりました。
Wさんのもう一つの趣味は、やはりクルマです。
わたしなど車関係の仕事にしていた時は、休みの日にはクルマの本等を見るのも
嫌でした。特に部品関連の構造図なんかは、毎日、目にしていたものですから
目を反らしていました(笑)
現代ではパーツ検索もパソコンを使えば瞬時に該当部品が判明しますが、当時は車種・年式は勿論、グレードまで考慮し、パーツリストと睨めっこしながらでないと正しい部品は調達できませんでした。今ではポッと入社の新人社員でもパーツの手配は出来ますが、昔は周辺構造まで理解していないと発注できません。
発注元の工場からは「このパーツ頼んだら周辺の部品の入用まで確認すんのが当たり前だっぺ!」と電話の向こうで何度怒鳴られたことか・・・・(^^)ゞ
ちょっと話が脱線しました。

Wさんは、当時1~2件だった輸入車ディーラーさんからも整備の腕に於いては一目置かれて居たようです。
それは研究熱心だったWさんが自社工場に入庫したクルマについて色々問い合わせた事から始まったようです。
当時は、(今でも町工場では輸入車の修理に「二の足を踏み」修理依頼を断わる所も
有りますが・・・)殆んどの町工場で断られました。
そんな中でWさんの工場は、入構した修理車は基本的に断らない、小さいものはカブのパンク修理、大は4.㌧トラックのクラッチ交換までこなしていました。
当時、少なかった輸入車も断らず(これは以前、記事にしたロータスも例外ではありませんね)自らクルマの下に潜りこみ部品交換や調整をしていました。
「Bさんよぉ~、クルマは基本は同じだよ、だから国産車だろうが外車だろうが直すのは同じだよ。それにね外国の自動車屋が作ったクルマをいじるのも「おもせー」よ(面白いの意)やつらぁ、こんなネジ使ってんだよ」と、取り出したのがセルフロッキングのついたナットでした。
当時の国産車のネジ、緩んではいけない所には割りピンを挿入して回り止めをしていたのです。
日本車もボチボチ、セルフロッキング構造のナットやナイロンロックのついたボルト&ナットが出始めた頃でした。

確かに輸入車の修理には独特のノウハウや整備データが必要なのは紛れも無い事実です。
しかし新しモノ好き、好奇心旺盛なWさんは取り扱いディーラーさんと電話でやりとり、
それだけでは足らず直接輸入車ディーラーさんまで足を運んでクリアランスデータ等の
確認をしていたみたいです。
町の修理工場のおやっさんが輸入車ディーラーへ修理方法を訊ねに行く・・・
考えると大胆ではありますが、意外と親切に教えてくれたそうです。
当時はおおらかだったのかなぁ?それよりもWさんの性格によるところも多いのでしょう。

つづく・・・・・

ここまで書くのに随分かかりました(>;<)
記憶の引き出しは開けては見たものの,
空だったり風化してたり・・・・

工具箱にWさんが使っていたメガネレンチがありました。
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TONE製です。なんの変哲もない10×12のショートメガネ。
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でも良く見ると10mmの方が削ってあるのです。
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これはディストリビューターを固定しているボルトにアクセスする為に肉を削ぎ落としたと思われます。
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排ガス規制が始まった頃、点火時期を遅らせることによってCO&HC値を下げたのです。
その為の工具です。
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「まったく、メーカーも専用工具くらい支給してくれたらいいべなぁ!」
Wさんの言葉が聞こえてきそうです。

つづきます・・・・・
次回は・・・・記憶の引き出し次第です。
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by boxycat | 2009-11-16 20:49 | 日々色々