昔話Ⅱ・・・・・

一途に・・・・・




Aさんは・・・・わたしより年下なのでAちゃんでもいいのですが・・・
記事のなかでは、さんとしましょう。

彼女は高校を卒業して、当時私が勤めていた事業所に入社した。
とても素直で明るいコだ。

Aさんには高校時代からお付き合いしている彼がいた。
その彼はディーラーのメカニックをしていた。
高校の機械科を卒業後、メーカー系列の整備学園に入り、その後ディーラーへ
配属された。

彼の愛車はニッサン・シルビア。
下取り車として入って来たのを手に入れた。
1960年代中頃から末にかけて僅か600台足らず造られた美しい2ドアクーペだ。
下取りに入った当時は、薄い紫色に塗られていたらしいがどう見ても不釣合いな
その色を元の薄いゴールド・純正カラーに塗り替えた。
現代(いま)なら博物館に入ってもおかしくないような貴重なクルマを当時は
旧くなったというだけでいとも簡単に足グルマや悪趣味仕様にしてしまうのだった。

小振りなクーペは洒落たスタイリングをしていた。
どの角度から見ても破綻のない造形だ。
欲をいえば幅があと20mm広ければ安定感が増した佇まいとなるだろうか。
それでも彼は低く下げられた車高を元に戻したり、無理なシフトによって痛めつけられた
シンクロなどをコツコツと直して行った。
二枚しかなかったメッキされたホイールキャップは自社の部品課網から探し出した。

Aさんの愛車はスズキフロンテだ。
クーペと呼ばれる小粋な格好をした360ccの2ストだ。
女のコには既に発売された後期のセルボ等が似合いそうなのにと思っていたら、これは彼の勧めで手に入れたようだ。
車幅の狭さ、取り回しの良さは「360軽」以上に勝るものは無いだろうとの判断らしい。
出社する時は目立たないが、2ストエンジンの冷えた状態の退社時は派手に排気煙を上げ
口の悪い同僚からは消毒車や煙幕マシーンと呼ばれた。

消毒車(いまでも存在するかも知れませんが地区の清掃デーには側溝や下水を消毒する手押しの消毒機です)
そんな陰口は意に介せず、大好きな彼の選んだフロンテクーペを颯爽と操るAさんでした。

当初、フロンテは純正色のマルーンと呼ばれる茶系のボディカラーでしたが、何日か乗って来ない日があった後、見慣れないゴールド色のフロンテクーペが駐車場に停めてあった。
彼のシルビアと同じ色に全塗装したAさんのクルマだった。
それは春の柔らかな光りの中でキラキラと眩しいばかりだった。

時には彼の方の仕事が早く終わり、駐車場の出口の所で退社するAさんを待つ姿があった。
先頭を彼のシルビア、続いてAさんのフロンテクーペが続く。
それはまるで親子犬が散歩に出かけるような微笑ましさだった。

何ヶ月か過ぎた夏の終わり・・・・
珍しくAさんが遅刻をした。タクシーで出社して来た。
聞けば通勤途中で急に左側から飛び出した2㌧トラックにぶつけられたのだった。
べそをかきそうなAさん・・・
「もう、走れないです・・・」
後部にエンジンや駆動系が在るフロンテ、そこを直撃されドライブシャフトは曲がり、
エンジンマウントは千切れる程・・・
せめてもの救いはAさんのカラダには何らダメージが無かったことだ。
当時、珍しかった三点式のシートベルト(殆んどの車種は二点式)を彼が工夫して
取り付け、Aさんも言いつけを守り装着していたからに他ならないだろう。

Aさんのクルマのない通勤は翌年の春まで続いた。バスで通ったり彼のシルビアに
乗せられての通勤だった。

ある朝、水色のチェリークーペから降りてくるAさんがいた。
運転しているのは彼だった。
「彼氏、クルマ換えたのげ?」
「はい、シルビアをどうしても譲って欲しいという方がいたらしいです」
「ふ~ん、んじゃあAさん、クルマ買ったら塗り替えっか、同じ色のクルマ買わねどね!」
「でも、2台も必要ないです」
「え?」
「この春、一緒になるんです、私達」

KONAMI製、日本の名車シリーズ
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by boxycat | 2009-11-09 20:38 | 無題